本日は良いお日和で・前

 いやまぁ、良いお日和ですねぇ。昨日の嵐が過ぎて、ようやっと春めいてきたみたいだ。台風一過とでもいうんですかね、空には雲一つない。
 さて、私に尋ねたいことがあるとか。しかも、決して記事にはしないと証文まで同封して。
 そんなお手紙を頂きましたときは首を傾げましたよ、こんな老いぼれから、今更何を聞き出そうっていうんです?

 真田敬介と藍本真琴の関係について、ときましたか。
 軽い気持ちで依頼をお受けしましたが、どうやら藪蛇だったようだ。まさか今になって彼らの関係を問いただす人間が出てくるとは思いませんで。
 片方は神木の娘さんを嫁に貰って、今じゃ財界で幅を利かせる大物。真琴の方は名の知れた茶道道場の師範だというのに。
 一体どこからリークされたのか、お聞きしてもよろしいですかね。……はは、冗談です。

 えぇ、二人についてはよく存じておりますよ。なにせ敬介は私の弟ですから。
 敬介と真琴の関係……幼なじみ、というのでは満足しないのでしょうね。でも、確かに彼らは幼なじみですよ。
 出会ったのは、小学校の入学式でしたっけ。ひとりぼっちで空を見上げていた真琴に、敬介が声をかけて……それから高校まで、敬介の隣にはいつも真琴がいた。
 
 さて、そろそろ寄り道のネタも切れてきましたね……本題に入りましょうか。
 お察しの通り、敬介と真琴は恋人でございましたよ。
 今更になってこんな話を蒸し返すなんて、あなたも人が悪い。何だってこんな話を聞きたがるんでしょう。
 ……まさか、真琴の御子息じゃありませんよね? 息子が父親の過去を知る旅に……いえ、韓流ドラマに凝っておりまして、気にしないでください。
 あぁ、弁解せずともわかっていますよ、あなたは真琴の息子ではない。そういう年回りでもないし、顔つきも違いますから。
 あなた、そう不安げな顔をなさらずに、一度お受けしたからにはお答えしますよ。もう時効だといって差し支えないほど昔の話です。若者相手に昔話を語るのもいいでしょう。

 真琴と私が出会ったのは、敬介と同じく、小学校の入学式でした。私は敬介の保護者として付き添ってきたというわけですよ。
 紺碧の空に遅咲きの桜が舞う、美しい日だったと記憶しています。正門の近くにあるアスレチックのてっぺんに、空を仰ぐ彼を見つけました。
 幼いながらに黒の礼服のよく似合う凛とした雰囲気の子でね、それがなにやら憂いを帯びた表情で天を仰ぐのですから、ただならぬものを感じました。
 両親らしき人影も見当たらず、中学に上がりたての私はどうしたものかと頭を抱えた。まさか飛び降りる気じゃあるまいか……その頃から私、ドラマが大変好きでしたから。
 そんな私の手を振り解いて、敬介はアスレチックを振り仰いで叫びました。

「何をしてるの?」

 真琴は淡い栗色の髪をさらさら揺らして、敬介の姿を見ました。
 それから一言。

「人を待ってるの」

 寂しげな目をして言いました。
 実は真琴のご両親は、その日どうしても身体が空かず、彼はひとりぼっちで入学式に来たというわけだったのですよ。
 茶会が終わればすぐに行くという言葉を信じて、真琴はずっと待っていたんです。そして両親が自分を見つけやすいように、アスレチックのてっぺんを居場所にした。
 いじらしいじゃないですか。私は父親のところに駆けていきまして、敬介と私は友達と遊んでから帰ることになったと報告しました。真琴のご両親がいらっしゃるまでは、自分たちも一緒に遊んでいようとね。
 それが一番最初の出来事です。それから彼らはいつも二人で一人だった。たまに私も混ぜてもらいましてね、楽しい青春時代でありました。
 やれテストだ受験だと騒ぎあって勉強会をしたり、花見をしたり夏祭りに行ったり、自転車で県境を越えて海を見に行ったり。スキーに行ったときには敬介が風邪を引いて大変でしたね、身体が弱いんです、あの子。

 そんな具合で、二人はいつも一緒にいましたから、情を交わしあったのがいつなのか、私にはわかりませんでした。
 気がついたのはいつのことだったか……あぁ、思い出しました。愚弟がとんでもないことをしてしまったんです。まぁ、今思えば可愛らしい嫉妬ですね。

 自慢になってしまいますが、敬介は大変器量の良い子でして、若い人の言葉で言うと、イケメン、と言うのでしたか。そして真琴もまた敬介に優るとも劣らない美しいかんばせの持ち主であります。中学に上がる頃には女子の間では敬介派閥と真琴派閥とが形成されておりましてね。
 あれは中学三年の夏のことだったかと思います。三年生といえば受験、つまり別れの季節ですね。
 そんな時期には、恋心が浮き足立つものです。

 大学に進んでいた私はその日、ちょうど最終講義がお流れになりまして、久し振りに真琴の顔を見に中学校に顔を出したのですよ。
 真琴はすぐに見つかりました。裏門の脇にある桜の木の下で、女生徒と向き合っておりました。
 ドラマ好きなら、思わずにやりとしてしまうような場面ですね。別段、私はそんな気持ちにはなりませんでしたが。
 女生徒が頬を赤らめて想いを告げるのを、私は青々とした枝の陰に隠れて見守りました。そのときちょうど叶わぬ恋をしていた私には、その光景がとても苦々しく思えて、バツが悪かった。
 真琴は女生徒の言葉一つ一つに丁寧に頷いて、そして最後に彼女の震える手を握りました。
 彼女の期待に高まる目が、今でも忘れられません。美しい男性に手を取られるのは、女の子の夢だったでしょうね。
 しかし、真琴の回答は、その夢を砕いてしまった。いいえ、その言葉すら、最後まで言えなかった。

「あなたの気持ちは嬉しいけれど」

 真琴がそう言いかけた刹那、遠くから怒号が響きました。
 敬介ですよ。直情径行でして、すぐカッとなるのがあの子の悪いところです。
 敬介が血相を変えて走ってくるのに驚いて、二人は手を離しました。その間に割り込んで、敬介はまず女生徒を突き飛ばした。

「お前なんかが、真琴につり合う訳ないだろ、鏡見てこい、馬鹿」

 なんて言ってね。
 やはり遠目からでも二人の状況は手に取るようにわかったらしい。勿論、女生徒は泣いて走っていってしまいました。
 それを見送って、今度は真琴に。

「浮気もん……」

 と、こう言うのですよ。
 ぶすくれて言うものだから、真琴は小さく笑い声を上げて、それから美しく微笑みました。

「敬介が一番だよ」

 馬鹿ですね、敬介は。真琴はどちらにも敬意を払って、禍根の残らぬように収めたかったのでしょうに。全く、幼い嫉妬です。真琴が自分以外を見るのが許せなかったんでしょう。
 そんな幼稚な執着心を恋だのなんだのと呼ぶのは気が引けましたが、愛はあったと思いますよ。

 ところで、あなたは一番美しい表情をご存知ですか? 私は、子を慈しむ親の顔が一番美しいと考えています。どんな醜女でも、我が子に向ける笑みは美しい。
 そんな表情を、真琴はしていました。
 彼は敬介を愛していましたよ。ずっと側にいた私が言うのです、間違いはありません。

 いかがしました? ……同性愛というものがよくわからないようですね。
 世に言う恋愛と同じなのか、はたまた全く別のものか……残念ながら私にもわかりません。彼らがどうやって愛を伝えあったのか、それすら。
 知りたいなら、彼らに直接聞くのも手でしょうね。敬介は憤慨するかもしれませんが、案外真琴はさらりと話してくれるかもしれませんよ。
 それだけ、年月が流れたということです。

 え、私の叶わぬ恋の話? いやはや、歳を取ると言わなくてもいいことをつい口走ってしまう。
 結果から言いますと、叶いませんでした。叶わぬ恋、ですから。
 想いを告白することすらしませんでしたよ。失恋したての人の心に、つけ込むようなことは出来ませんでした。
 そんなとんでもない臆病者ですが、後悔はしていませんよ。
 今でも愛しているかって? ……さてね、もう親愛に近い。
 ただ、私には妻子がいません。そういう愛もあるということです。

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