魂の愛

				
				
 12月15日 土曜日
 
 僕が彼女と出会って、三年がたった。僕と彼女は無事受験に受かり、同じ大学へ行く事になった。というよりも、僕が彼女と同じ大学を受けたのだが。
 僕はほとんどストーカーに近いと思う。だけど彼女は僕の想いを知っていて尚且つそばに置いてくれていた。
 彼女は父親が好きらしい。家族としてではなく、異性として。彼女から直接聞いたわけではないが、そう考えて間違いないだろう。
 自分の愛した男と自分を殺した女の娘として再び産まれ、父親に恋して18歳まで生きてきた彼女。彼女の想いが揺るがないものであるということは重々承知していた。
 だから僕は、愛されなくても良いからせめて彼女の役に立ちたいと思っていた。
 しかし彼女は時折僕に心を許しているような素振りを見せるのだ。それが僕の決心を何度も揺るがせる。
 もはや限界だった。そして何が出来るわけでもなく、時は過ぎ12月になった。

「もうすぐクリスマスだなあ」

 先輩がぼそっと呟いた。クリスマス。恐らく日本のカップルの大半が待ち遠しにしているイベントだ。僕に恋人はいないけれど、一緒に過ごしたい人は居る。そしてその彼女も、きっと決まった人を想ってクリスマスを迎える。僕にこの状況をどうにかするような力はなかった。だからきっと、今年も僕は独りでクリスマスを過ごすことになるのだろう。

「お前、クリスマス一緒に過ごす相手とかいねえの?」
「いませんねぇ」
「悲しい奴だな、ははは」
「先輩こそ、クリスマスの直前に別れたりしないようにしてくださいね」

 この二年生の藤木先輩はつい先日彼女が出来たとかでとんでもなくはしゃいでいた。
 彼女にぞっこんだそうだ。結構なことである。

「ところで先輩はどうして今の彼女さんと付きあおうと思ったんですか?」
「可愛いし?」
「顔が?」
「もちろん」
「性格は?」
「気遣いができて、控えめで、グッド!」
「はあ、さいですか」

 どうなんだろうか、理由のある”好き”というのは。
 結局は僕がなんだかんだ言って自分を持ちあげたいだけなのかもしれないけれども、なんだかんだ理由をつけて人を好きになるというのはなんだか違うような気がしてしまう。
 好きな人のタイプは、という質問に答えてしまうということは、そのタイプなら誰でも良いということにならないだろうか。その質問に対する答えを恋人が聞いたらどう思うのだろうか。なんていうことを恋人がいない僕が考えるのもおかしな話だけれども。
 僕が堅苦しいだけかもしれない。恐らく先輩みたいな考えの人の方がうまくやれるのだ。

「でもな、人を愛するって難しいよ。付き合うっていうのは簡単なことじゃないな」

 先輩は少し恥ずかしそうに言った。

「今日は飲むか。お前も付き合えよ」
「おごりなら」
「いや、勘弁しろって」

 結局僕と先輩は行きつけの飲み屋に行った。未成年の僕はきちんとコーラを飲んで、酔っ払った先輩の話をずっと聞いていた。
 先輩は如何に彼女が可愛いかを喋り出し、かと思うと人を愛する難しさと説き、最後には愛の大切さを語った。曰く、愛なしに人は生きられないと。

 12月18日 火曜日

 僕はついに彼女にメールを送った。クリスマスかクリスマス・イヴに会おう、というものだ。
 彼女はイヴなら大丈夫だと返信をしてきた。
 ただ親しくなっただけというのは分かっているけれど、どうしても期待してしまう。
 その一方で、僕は彼女が本当に好きな人のことも、彼女がどれだけその人を好きなのかということもよく知っている。
 なぜ彼女は僕に優しくするんだろう。簡単にあっさりとふられた方がまだマシだ。
 いや、そもそもメールを送ったのは僕なんだしそんなことを考えるのはおかしい。
 そもそも、僕はどうしたいんだろう。
 これまではクリスマスに約束を取り付けようなんて考えたこともなかった。彼女の想いの強さをきちんと分かっていたからこそ、自分はひくべきだと考えていた。彼女が幸せになるように精一杯応援すべきだと。なのに最近になってどうも自分の欲が出るようになってしまった。
 彼女を気遣う気持ちが段々となくなっているのだろうか。だけど、いくら気を遣ったところで彼女が僕を好きになるだなんてことはないだろうし、だとしたらもっと積極的になってもいいんじゃないか、とか。
 考えはまとまらなかった。

12月21日 金曜日

 約束の日まで残り三日だ。僕はデートプランを綿密に立てていた。
 お金は充分ある。高級レストランでご馳走することだってできる。
 そのために今までバイトしてきたのだ。
 高校で彼女と出会ってからの三年間は、まさに彼女の為に生きているようなものだった。
 いや、彼女の為に生きるというのは結局自分の為なのだけれど。

12月23日 日曜日

 約束の日二日前。彼女からメールがきた。
 件名、今すぐきて欲しい。
 本文なし。
 僕は家を飛び出した。

 息が切れて、頭が真っ白だった。
 彼女の為に僕は走っているのだけれども、彼女がどうしてあんなメールをしたのかも、どうして僕を呼んだのかもあまりわからなかった。
 とにかく走った。僕の家から彼女の家まで、2キロメートルはある。けれども、もしかしたら男に襲われているのかもしれないし、弱音を吐いている場合ではなかった。
 10分程で彼女の家の前に着いた。恐らく最高記録だ。
 と、僕はあることに気がついた。
 そういえば彼女は家にいるなんていうことは一言も書いていなかった。
 というよりも、日曜日のこの時間は彼女はバイトではなかっただろうか。
 僕が引き返そうとした時、ドアが開いた。彼女の顔が覗いた。

「あ、もう来ていたんだ」

 泣くのを抑えようとしている表情で、さっきまで泣いたいたかのような鼻声。
 不謹慎にも、愛らしいと思ってしまった。
 彼女は微笑んで、僕の元までよたよたと歩いてきた。

「ねえ」

 彼女は下を向いていた。僕と彼女は少ししか身長が違わないのに、その時の彼女はとても小さく見えた。

「抱きしめても、いいかな」

 突然の彼女の言葉に、何がなんだかよくわからなくて、それでも彼女の願いには答えなくちゃならないと思って僕は、

「え、あ、はい、よろこんで」

 馬鹿みたいな答えしか言えなかった。

第三話 そう、それが私の愛。

 しばらくして、彼女は僕から離れた。 「お父さんが死んだの」  彼女は細い声で言った。 「中学の頃車で事故起こして、それからずっと植物状態だった。それで、さっき……」 「植物状態?」 「ごめん、隠してて」  それじゃあ、今まで彼女はずっと、動かない、喋らない人間を愛していたのか。 「いや、謝ることないよ」  空気は冷たかった。  そりゃ、12月だからな。僕は心のなかで呟いた。  どこか、他人事だった。むしろ、一歩間違えたら嬉しいと思ってしまうかもしれなかった。  不謹慎なのは分かっている。だけど、僕はやっと彼女に――。  その時、彼女の家からガラスが割れる音が聞こえた。  響く足音。そして叫び声。 「どうして! どうして! あなたの為に私は邪魔なあの女も殺したのに!!」  彼女の体がびくっ、と震えた。 「大丈夫。大丈夫だよ」  僕は彼女を抱きしめた。  物が壊れる音、足音、叫び声。  確かに、そうだ。  クラスメイトを殺してまでして奪った男に死なれたら、狂ってもおかしくはない。 「どうしよう……お母さん……」  彼女は僕の腕の中で呟いた。 「しばらくはうちに泊まる?」 「ううん、お母さん一人には出来ないよ」  ふいに、暴れる音が消えた。10秒ほどたっただろうか。あまりにも静かだった。  風は強く、冷たかった。耳が痛い。 「ねえ……」 「うん。行こう」  嫌な予感がしていた。僕は急いでドアを開けた。  ドアを開けると、そこには予感していた通りの光景が広がっていた。 「お母さん!」  シャンデリアから首を吊っている、彼女の母親。  その足元には椅子が転がっていた。 「駄目だ……」  椅子を起こし、足を乗せたが、もう息をしなかった。 「お母さん……どうして……」  彼女は泣いていた。  彼女にとっては自分を殺し恋人を奪った女なのに、それでも彼女は母親を愛していたのだ。  僕はただ、彼女の傍で立ち尽くすことしかできなかった。 12月25日 火曜日  あんなことがあっても、朝日は昇り、夕日は沈み、約束していた日はあっという間にやってきた。  デートをする、というわけにはいかなかったけれど、彼女の希望もあって僕達は待ち合わせをし、少しばかり話をすることになった。  公園でぶらんこに揺られる男女二人。端から見たら恋人同士に見えるだろうか。  ブランコの錆びた鎖がたてる音が、やけに大きく響いていた。 「私、結局ひとりぼっちになっちゃった」  彼女は言った。  隣にいる僕に向かって。 「そんなことない。少なくとも僕は君のそばにいる」  それは。  それは結局、僕は彼女にとって、大切な人として数えられない、ということなのかもしれないけれど。  それでも僕はやっぱり、彼女を愛していたい。 「ありがとう。そうだよね」 「何か困ったことがあったらまた呼んでよ」 「うん」 「その」  僕は言おうとしていることが、どれだけ陳腐で、しつこいか、だけどそれを言ったところでどれほど伝わるのか、全く想像もできなかった。  だけど言わなくてはならないと思った。 「好きです、とても」 「うん……ありがと」  彼女の答えは変わらない。  礼を言うだけで、好きだとは言ってくれない。  やはり、努力は報われるなんていうのは嘘なんじゃないか。  僕はこれから、どれほど努力すればいいのだろう。少し疲れてしまった。  僕は前日や前々日と比べて、その日はとてもぐっすりと寝られた。  そして深い眠りの中で、ある夢を見た。  僕は彼女と、彼女の父親と、彼女の母親のクラスメイトだった。  彼女の父があの女はもう邪魔だ、と言ったのを僕は盗み聞きしていた。  それだけだ。  それだけのくだらなく、つまらない夢だった。  それから、彼女からは何の音沙汰もなくなった。  噂では、親戚の家に引っ越したという話だったが、真偽は定かではない。  一度だけ手紙が送られてきた。 「もしもう一度生まれ変われたなら、あなたの想いにきちんと応えたいと思います」  とだけ書かれていた。  最後まで、全くずるい人だった。  生まれ変わりなんて、不確かすぎる現象なのに。  それに、僕はついに彼女の口から、彼女が好きな人を聞くことができなかった。結局そこまで信頼されていなかったのかもしれない。  だけど僕は、彼女の生まれ変わりを待つことに決めてしまった。  結局のところ、惚れた方が負けなのだろう。  とにかく僕は彼女を信じて待とう。  それが僕の、彼女への愛なのだから。

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