魂の愛

				
 白い天井。白い壁。機械。白い服を着た人たち。沢山の声。
 そして、対面。

第1話 私の愛する人

 土埃の匂い。運動部員達の声。グラウンドを走る音。蝉の鳴く声。  太陽は眩しく、雲は一つもない。汗が髪の毛を伝って落ちた。  私が彼を待ち始めて、三分がたとうとしている。 「何やってんだろ、ほんと」  私がやることは決まっている。同じことの繰り返し。何度も何度も同じ言葉を言うだけ。相手が変わるだけだ。とにかく面倒だった。  その時、例の彼が向こうから走ってきた。  現在、私のいる場所は体育館倉庫裏。古典的な告白だった。 「ごめん! 先生に呼び出されちゃって」  彼は申し訳なさそうに言って、私の目の前に立った。  私は本当は彼の名前も知らないくらいだった。今日、下駄箱の中の手紙を読んで初めて知った。  彼は同じクラスの後藤君。なんと席は隣。それでは何故覚えていないのかと言われたら、もちろん興味がないからだ。  私にとって大切な人はただ一人。  後藤君は私に真剣そうな顔で何かを話し始めた。  汗が首筋を伝う。帰ったらシャワーを浴びなくてはならない。 「僕と、付き合ってください!」  後藤君は何やらごちゃごちゃと言った後に、そう締め括った。  まったく、やめて欲しい。告白は別に良い。だけど、これからまた学校生活で女子達に嫉妬の目を向けられるのが嫌だった。それに、隣の席の男子の告白を断ったとなればそれなりに過ごしにくくもなる。 「ごめんなさい。私、好きな人がいるから」  決まった言葉。決まった表情。決まった動作。  違う。私はあなたなんかと付き合いたいわけじゃない。  帰宅。予定通りシャワーを浴びる。  もう空は赤くなっていた。そろそろ彼と会える。念入りに汗を流した。  風呂を出て、部屋着に着替える。時刻は6時半。もうすぐ。  インターフォンの音が部屋に響いた。私は急いでドアまで駆ける。 「おかえり、お父さん」 「ただいま」  父はそう短く言って家に入った。  私は見慣れてるはずの父を見て、鼓動が早くなるのが分かった。  私は父が好きだった。自分の気持ちに気づいたのは小学6年生頃か。他の子とは明らかに自分が違うことを知った。異常だ。家族としてではなく、異性として好きなのだから。  それでも私はそれなりに普通の生活をしている。  母のことは嫌いじゃない。私は父が好きだけど、母だって私のことを育ててくれたわけで、それなりに感謝もあるわけで。 「お父さん、明日のこと」 「ああ、覚えてるよ」 「えへへ、良かった」  明日は父と遊園地に行く約束をしていた。  二人きりになれるチャンス。私はもう約束した日からずっと楽しみにしていたのだ。  実際何が出来るわけでもないだろうけれど、こんなことは二度とないかもしれない。  その後家族三人でご飯を食べて、私はベッドに入った。  一時間ほどたってようやく私は眠りに落ちた。  遊園地。沢山の人がそこら中を歩いていた。  家族、友達、そして恋人。  来たことがない遊園地だったので私は余計にわくわくした。隣にいるのは父。  最高の一日が始まる。  私は父の手を握った。 「なんだ、中学生にもなって」  笑いながらも手を握り返してくれる父。幸せだった。手を通して体温を感じる。  その後私たちはジェットコースターやお化け屋敷、そして観覧車を堪能した。  観覧車内。  私と父は向かい合って座っていた。もうすぐ日が暮れる。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。 「楽しんでもらえたか?」 「うん、とっても」 「それは良かった」  父は優しく微笑んだ。私はなんだか嬉しくなって、彼の隣の席に移動した。 「おい、揺らしたら危ないぞ」 「大丈夫だって」  左隣の父の顔をじっと見つめる。何か不思議な感覚に襲われた。  私はこの光景を――。 「お、おい!」  父の焦った様な顔が見えた。それもすぐ近く。 「え?」 「お前、家族だからってな、年頃の女の子がそんな……」  父はそう言って口を拭った。唇にかすかな熱を感じる。  まさか。今、私は彼にキスしたのか。 「え、ちが……」  違う。私はそんなことしていない。  帰りの車内は最悪だった。  父は運転しながらなんとか空気を変えようと話しかけてきたが、私は上の空だった。  彼にキスをした。それは素敵な響きではあったけれど、これからの関係が変わってしまうのが怖かった。  今までみたいにどこかに連れて行ったりしてもらえなくなるかもしれない。優しい笑顔が見れなくなるかもしれない。  それを考えただけで恐ろしかった。  あの時、私はそんなことはしていなかった。あの光景に見覚えがあると思っていただけ。それなのに気付いたらキスをしていた。 「ねえお父さん」 「ん、なんだ?」 「あの遊園地、行ったことあったっけ」  数秒の沈黙があった。 「いや、ないぞ。お前を連れて行ったのは今日が初めてだ」 「そっか」  つまるところ、デジャヴというやつだ。  それを感じていたら、勝手に体が動いてキスをした。まったく意味の分からない現象だ。  父は何かを考えているようだった。  車のスピードがだんだん速くなっていった。 「お父さん?」  父は目を見開いていた。見たこともない怖い顔。  全く私の声に気付いていない様子だった。 「ねえお父さん! お父さんってば!」  信号は赤。スピードを落とさない父。起ころうとしていることは、明白だった。

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