幻想恋物語

 電話越しの彼女の声は、ひどく弱々しく、私にはとても聞いていられるものではなかった。悪いのは全て彼女であるということは自明であった。それでも私は彼女の為に言葉を発し、行動してしまう。それだけ彼女を愛していた。
 彼女のために人を傷つけた。彼女は私に感謝し、そうして彼女は私の恋人になった。

「あなたは優しいのね」
 彼女が私によく言った言葉だ。私はそれが嬉しかった。彼女には何でもしてやった。その度に彼女はその言葉を言い、私にキスをした。
 幸せな時が続き、彼女はずっと私の恋人であると思っていた。だが、幸せはある時突然終わった。彼女が他の男と一緒にいるところを見てしまったのだ。
 友人かもしれない。私は彼女を疑うことをやめようとした。しかしどれだけ思い出さないようにしてもその時の光景が目に浮かんでしまった。
 嬉しそうな顔をして私以外の男と共に歩く彼女の姿。思い出す度に私は心臓を鷲掴みにされるような気分になった。とうとう耐え切れなくなり、私は彼女を問いただした。あの男は誰だったのか、と。
 彼女は答えた。
「彼は私の愛人です」
 私は怒り狂った。彼女に何を言ったのか、細かくは覚えていない。とにかく、その男とはもう二度と会わないように言いつけた。
 すると彼女は驚いたような顔をして言った。
「あなた、優しくないのね」
 彼女にものを贈ることも、何かをしてやるのもそれ以来めっきり減り、彼女は私にキスをしなくなった。彼女が好きだったのは優しい私だったのだ。そんなのは私が彼女に愛されるために作り出した幻に過ぎなかった。そしてそれはつまり、彼女が作り出した幻でもあった。
 少しもたたない内に私は彼女に別れを切り出した。彼女は平然としていた。頭にきたので彼女の頬を叩いた。
「あなたには幻滅したわ」
 それはこちらも同じだ、と思って私ははっとした。
 彼女は私に勝手な幻想を押し付けているのだと思っていたが、それは私にしても同じ事だった。彼女は浮気などしない女であるはずだ、というのは幻想の押し付けだったのかもしれない。
 彼女を愛しているのなら彼女の浮気すらも認めて然るべきだったのだろうか。しかしそれが愛であると言って本当に良いのか私には分からない。
 とにかく幻は消えてしまって当然のものだ。そんなものを抱いた私にもいくらかの責任はあるように思えた。
 早足で私の元から立ち去る彼女に私は何も言えなかった。
 彼女の頬を叩いた手は、じんじんと痛かった。
 
 
 完.	環道遊星
				

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