あたしが好きなものは、生クリームたっぷりのクレープ。カラフルなマカロン。ピンクと白のフリルたっぷりの家具。かわいい小物。いい匂いのする化粧品。ふわふわした生き物。あと、彼氏。
 彼と付き合い始めたのは丁度今から二月と六日前で、あとすこしで付き合って七十日だった。それも、たぶん超えることなくこの恋愛は終わってしまう。あたしから告白して始まったお付き合いだったけれども、たぶん彼は一度もあたしのことを好きではなかったのだと思う。あたしが告白したときも、初めてあたしの家に招いたときも、一緒にご飯を食べたときも、隣を歩くときも。そう、あたしの好きな人は、あたしのことなど見てはいなかったのだ。
 それに気付いたのは三回目にあたしの家に彼を招いたときだった。

「こういう家具が好きなの?」
「こういう、って? 何」

 あたしの部屋はあたし好みのピンクと白の家具で埋まっていて、まめに掃除はしているつもりだけれどお世辞にもきれいとか片付いているとかそんなようなことばは似合わない、そんな部屋だった。それでもあたしはあたしが稼いだ(といってもアルバイトでせこせこためた)お金で好きなものを買い好きなように並べたこの部屋を気に入っていたから、その愛するあたしの部屋をぐるりと見回して、呆れたような声で言った“こういう”は少し不服だった。彼は頭をがりがりとかきながら「いや、だからさ……」と呟いた。溜息とともに吐かれたそのあとのことばを待ってみるけれども、結局彼は続きを言わずに、ただ何でもない、ということばを発してそのときは終わってしまった。あたしの方が溜息をつきたかった。そう、そのときから、何かが変だと思った。何が、なんて言えるものではないけれど、何かが確実に変で、それがあたしをとてもいらいらさせていた。
 それからも違和感は続いた。彼は優しかったし、甘い言葉もくれたし、メールのことばはそっけなくてもきちんと返事をしてくれた。友達の評判だって良かった。それはたぶん彼の顔がそこそこ良くって紳士的で、誰にでも優しかったからだと思うけれど。そう、彼は誰にでも優しかった。
 そこは美点でもあると思う。別にあたしにしか優しくしないで! なんてこどもっぽいことはいうつもりはないし。そう、ない。ただ少し、特別であるような証が欲しかった。甘いことば。優しいキス。嬉しい。嬉しいはずなのに何かが嫌になっていった。
 誰にでも優しい。あたしと接するように他の女の子にも接し(さすがに好きだと言ったりだとかキスはしないみたいだけれど)(そう信じたい)、他の女の子と接するようにあたしと接する。それって結局、誰にも優しくないんじゃないの? あたしと彼の周りにいる他の女の子との違いは、キスをするか、好きだと囁くか、セックスをするか。そんなところ。あたしを優先することもなく、かといって他の子を優先することもない。同じ。同じように接している。ああ、なんてことだ。あたしは彼の彼女というポジションにあるというだけで他の子と何ら変わりはない!
 「帰る」と言った彼に枕と暴言と彼の持ち物を残らず投げつけ、我に返ったのは彼が部屋を出ていってしばらくしたあとだった。どうしよう、やってしまった。あわててメールを打とうと携帯を取り出して分かりやすいところにある彼のアドレスを選択して本文を長々と書いたあたりで唐突に今までのことがありありと思いだされて涙が出た。
 ひと目惚れだった。鞄からハンカチを落としそれを拾ってくれた彼の顔を見、「落としましたよ」という声を聞いた瞬間、恋に落ちた。意外にも探せば接点は多くあり、何とかして彼女になりたくて二回目に出会った時にお礼がしたいと強引にメールアドレスを手に入れた。彼女がいないということを知って舞いあがり、九回目に会ったときに告白した。あっさりとオーケーしてもらってその日は中々眠れず友達に朝四時に電話して怒られた。彼が電話よりメールが好きなことはすぐにわかった。自分で、そう言っていたし。でもあたしは電話の方が好きだった。電話の方が相手の声が聞けていい。それよりももっといいのは直接会うことだ。それでも毎日彼とメールを飽きずにやり取りした。彼の文面はそっけなかったけれど、あたしにとってはどんな文豪が書いたラブレターよりも心に響いた。恋をしているのだもの、あたりまえだ。それでも彼と夜通し電話をしてみたくて、たわいない話をしてみたくて電話の方が好きだと何度もさりげなくいったけれど、彼からの連絡は必ずメールだった。……思えば彼のことば、行動には何かの影がちらついていた。家具、メール、他の女の子、……他にも、たくさん。たくさん。ああ、これだ。あたしをいらつかせるものは。
 長々と書いたメールの本文を消去して「あたしのこと嫌い?」という文面だけにして送った。あたしのこと好き? とたずねる勇気は持ち合わせていなかった。ふられるにしてもなんにしても、傷は浅い方が良い。
 待っても待っても返信が来なくて、痺れを切らしてあたしは電話をかける。一、二……とコール数を数えて両手の指で足りなくなった頃に彼は出た。「もしもし」と彼の声が聞こえた瞬間にあたしはまだ彼のことが好きなのだと再確認した。「あたしまだ好きなの」口に出すと少し落ち着いた。返事はない。

「アキラくんは、あたしのことすき?」

 勇気を振り絞っていったことばに対する彼の返答は、「分からない」ただそれだけだった。電話口で嗚咽するなんてとこらえていた声が喉からせり上がってきて止められなかった。随分ひどい泣き方だろう。電話の向こうで困った女だと幻滅されているかな。嫌だな。そのあと違うことをいくつか聞いたように思う。ほぼまくしたてただけかもしれない。それに対する彼の返答は変わらず「分からない」、ただそれだけだった。「何が分からないのかも、分からない」、ということばに彼の困惑がありありと浮かんでいて、思わず笑ってしまった。ああ、やっぱり、あたしは電話が好きだよ、アキラくん。こうしてあなたの気持ちが声に出るんだもの。メールや手紙なんかじゃ伝えられないことも、たくさんあるよ。

「やっぱり、アキラくんはあたしのこと好きじゃないよ」

 なんとか、はっきり言うことができた。どうかあたしの気持ちが伝わりますように。あたしはあたしの好みを分かってほしかった。ピンクや白の家具をかわいいと言ってほしかった。メールより手紙より電話をしたかった。あたしの髪を、化粧を、性格を一言好きだといってほしかった。何よりあたしを、このあたし自身を追いかけてほしかった。彼のまわりにちらつく影を追いかけたりはしないで。あたしを、みてほしかった。あたしの名前を優しく呼んでほしかった。ああ、好きだ。

「泣いてごめんね、さようなら」

 引きとめられることなく電話はあっさりと切れた。アキラくん、ひどい人。今までアキラくんと付き合った人は、みんなあたしと同じふうに思ったのかな。アキラくん、さようなら。次に会うときは、自分からさようならを言える人になっていてほしいな。女の子に言わせちゃ駄目だ。これ、結構つらいよ。

アキラくん、あなたが好きでした。


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12.09.23 充

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