昔話

 ひと目惚れなんて都市伝説だと思っていた。だがそんなことはなかった。もうすぐ卒業という春の気配が見え始めた時に、彼女は俺の心臓を華麗に打ち抜いていった。
 病弱なのではと思えるほどの色白で目が大きくて髪の毛は甘栗色のセミロングかつ世界が嫉妬するレベルでサラッサラ。俺の傷口から見たこともないピンク色の砂糖菓子がふきだした。そういう気分。馬鹿か俺は。……ただ、馬鹿にさせる魔法の力が恋にはあった! そうだ! 俺は恋をした!
 ひとしきり語ったあと数少ない友人たちには盛大に呆れられた。ええい、薄情者め。たが俺はこの友人たちに力を借りねばならない。なぜなら三年ほど通った学校だったが人数が多いのと自分の交友関係が薄いのとで彼女が誰かは分からないからだ。そう言ったら頭をはたかれた。すみません。どうか春の訪れたことのない哀れなこのわたくしめを貴方たちの力でお助けくださいませんか。
 そして後日、彼女に打ち抜かれた心臓の傷は再度友人によって抉られた。「……実る見込みないね、お前。あの人超有名人、そして超モテモテ」という残酷なことばによって。篠原水月、しのはらみづき。そういう名前らしい。彼女が有名な理由はみっつ。ひとつめ、百発百中の占いの名士であること。ふたつめ、彼女が学校を休みがちであること。みっつめ、顔。美人。ええいうるさい顔に惚れて悪いか。人間顔じゃないが初対面の相手は顔で判断するしかないんだよ!
 で、正直もう望みなしと思って諦め……かけたところを友人に叱咤され、叱咤を受け声かけたあと何を思ったか俺は二言目に「弟子にしてください」と言い放つという暴挙をしでかした。馬鹿か。篠原さんはかなり驚いたような顔をしていた。ただ結果オーライ。篠原さんは見た目と比例する中身をお持ちのようだ。なんとまあ俺の暴挙を軽く笑って了承してくれたのである。あなたが神か。

「あの篠原サン……俺何すればいいんですかというか俺たちはどこに向かっているんですか」
「中島くん、まず最初に言っておくけれど。わたしは占いやってるつもりはないから」

 おおう、無視ですか。いえ、結構ですけれど。篠原さんは思ったより明朗快活、見た目声をかけた時の印象とはなかなか違う、ギャップのある性格をしていた。キャラ、違くないですか。

「あ、今わたしのことキャラ違うと思ったでしょう」

 エスパーかこのひとは。いや落ちつけ俺これは断じて好きな人に感じる感想ではない。別にいいじゃないギャップがあろうがなんだろうが。正直ギャップがあると言っても悪い感じはまったくしなかった。ざっくりとしてまっすぐな彼女には好感が持てる。弟子にしてもらって数日、嫌にならない程度には(弟子といってもここ数日篠原さんは花壇の掃除とか先生のお使いをするだけで占い的な要素はかけらもなかったのだけれど)。

「向かっているのは教室よ。待ち合わせしてるの。でもあなたは何もしなくていいわ、することないもの」

 ようやくそれっぽいことと思ったら戦力外通告! 分かってたけど! ……弟子って何する人だっけ。自分の中の辞書をぱらぱら。弟子、……弟子、なぜか某ジブリアニメの主人公のここで働かせてください!ここで働きたいんです!という台詞がフルボイスで脳内を流れていった。違う。確実にそれではない。

 結局俺は本当に何もしないでその日の弟子活動を終えた。篠原サンは待ち合わせていた人に出会うなりその人のパーソナルデータ、……血液型から家族構成、好きな食べ物嫌いな食べ物好きな人の名前まで何でも。それを分厚いノートに書き込んで、最後に「わたしにききたいことって何?」。それだけ聞いて終わってしまった。尋ねられた女の子はたどたどしく、「もうすぐ卒業だし、好きな人に告白したいから、……あの」と答えた。……あの、のあとにあとはいわなくても分かるでしょうそこまで言わせないでくださいお願いします恥ずかしいから。そこまで俺は読みとった。

「……え、今日は何かやったりしないんですか」

 女の子を見送ったあとそう尋ねると、くるりと篠原さんは振り返った。その顔が不満そうである。……かわいい。

「初対面の人にできることなんてないわ。エスパーじゃあるまいし。あ、このノートは企業秘密だから見せないわよ」
「見せなくて結構ですよ。でも篠原サンの占いは百発百中だって」
「それは人に勝手に呼ばれてるだけ。わたしのは占いではなくてただのアドバイス。さあ、今日はおしまい。あの人にアドバイスするのは明日ね」

 それじゃあ。そう言って篠原さんはあっさりと帰っていってしまった。なんだか随分と色気のない別れ際。別に色気のあるどうのこうのに期待していたわけではなかったけれど(いや、少しはある、かもしれない)、こう、もう少し何か。……何かってなんだろうね。即玉砕とならなかっただけありがたがった方がいいのかな。希望が少しあるだけでも。

 次の日アドバイスを用意したという篠原さんに連れられて俺は再び昨日と同じ教室の前に来ていた。昨日と変わらず篠原さんの持ちものは分厚いノートにペン、俺は手ぶら。そして今回も篠原さんの横に棒立ちして空気になるという弟子の修行に励む。

「あなたの好きな人に彼女はいないみたい。好きな人がいるっていうのも聞かないわね。成功する確率は五分五分ってところかしら。ラッキーアイテムはせっけんの香りのする何か、青いペンダント。あとはハンカチを手に握っていくといいわ」

 それだけ。何か質問ある?と篠原さんは依頼人を見た。彼女はふるふると首を振ってありがとうございましたと頭を下げる。そしてそのまま教室を出ていってしまった。え、それだけか。まじか。

「どうして好きな人に彼女がいないとか」

 知ってるんですか。
 そう言おうとした俺のくちびるにひやりと冷たい感触。指。指だ。篠原さんが俺のくちびるに指。篠原さんの指。しのはらさんのゆび。  しのはらさん の     ゆ  び   

「企業秘密」

 そういってにっこり笑った。その篠原さんはもう本当に可愛くて可愛くて、他のことなんてどうでもよくなってしまった。ああありがとう神様ありがとう友人たち。別に叶わなくったっていいや今、俺、ちょうしあわせ。

「……でもラッキーアイテムとか、やっぱり占いなんじゃないですか?」
「あら、この間言ったじゃない。わたしは占いしているつもりなんてないって。ただのアドバイスよ。せっけんの香りは彼女の好きな人が好きな香り、青い色もその人が好きな色ね。ハンカチは、そうね、彼女とても緊張しいみたいだから。手に何か握っていると安心するでしょう」
「……すごい、っすね。企業秘密すげえ」

 そうでしょう、と篠原さんは嬉しそうに笑った。可憐。そんなことばがとても似合う。篠原さんは歩く速度を緩め、ふらりと壁にもたれかかった。吐息のような声が聞こえた気がした。

「もうすぐ卒業なのに、まだわたしを使ってくれるのね……」

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12.11.24 充
後編に続きます

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